2018年12月15日土曜日

二種類のサービス業

「サービス業」には、二種類あると思う。
1つは「お客様は神様」型だ。
この人達は、自分に自信がある。
要するにサービス「してあげている」のだ。
であるから理不尽なことにも対応できる。
ある種理想的なサービス業の形だ。

もう一つは「媚び型」だ。
彼らはある種「寄付」を募る形で「癒し」を提供している。
キャバクラの彼女たちの中には、きっとそんな人が溢れているだろう。
彼女らは適切な労働環境と言えるのだろうか?
そこにはバイアスが必要に違いない。
それは「お客様は神様」型には必要のないものだが、「決まり」である。
・キャバ嬢に触れてはならない。
・彼らにできない事を強いない。
・できない事をいじめない。

もし、あなたが、お金を払っているからといって、何でも許されると思ったらそれは大まちがいである。
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何でも許してもらうためには、そのお金では足りないのだ。

チップは禁止なのだろうか?
「鬱」には、二種類あると思う。
ひとつは「世を儚む」もので、一つは「自己嫌悪」である。
ひとつ目は、「思っていたより世界はクズだった」というもの。
人を信じたら裏切られたり、表現が理解されなかったり、投げ掛けたものに返してもらえなかったり。
こういう鬱は、自分を変える必要はないと思う。
そこがあなたのいるべき場所ではないだけ。
あなたは今、没落しているだけ。
世界は広い。必ずどこかにあるはずだ、あなたを受け入れる場所が。

もうひとつの鬱は、「あの頃の教育は間違っていた」というもの。
ほったらかしにされたり、束縛されたり、命令されたり、教育を受けなかったりしたということ。
大人になって自分の受けていた教育は間違ってたと薄々気づくけれど、それを受け入れることができない。
だから八つ当たりのように人を傷つける。
この場合の鬱は、治療が必要だ。
長い時間を掛けた治療が必要である。
しかし元はと言えば、教育制度が整っていないのが悪いのだ。
相手を理解する教育。
人を信じる教育。
お金ではなく、義理を貸すという概念。
そして、しっかりした「学問」の教育。
全てをしっかりと行えば、苦しむ事はないのだ。

できないなら、やらなくていいと思う そして、できないなりにやって、 同じレベルの人と過ごせばいいと思う